Pass to the usual nightmare

俺は追われる。命を狙われている。
俺を追う奴は、ダースベイダーに似た黒い甲冑の奴、ヘルレイザーのピンヘッドの釘の代わりに、千切った和紙をびっしり顔面に貼ったような奴など。細部は一定しないが、大抵わかりやすい人型をしている。以下、魔王と書く。

魔王は、魔王について考える思念を察知する。魔王は、魔王を知るものを必ず殺す。だから、魔王を知るものはどこにもいない。俺が魔王のことを思い、恐れたとたんに魔王は現前する。それは背後での実体化だったり、前方斜め上の空中への飛来だったりする。そこからは、わりとのんびりと追いかけてくる。

逃げる最中、しばしば俺の動きは遅くなる。急に動きが重くなる。足は宙を蹴り、ちっとも前に進まない。(これは水中を走ろうとするときの感じがそのまま流用されている。それにしても、あれはそんなにも印象的な事象だろうか?)   
俺は逃げるために、しばしば飛び降りる。ロケーションはビル、歩道橋、崖など。落下は遅延されており、着地まではえらく長い。その間、胃の浮く感じがリアルにある。恐怖の割には苦もなく着地する。しばしば続けざまで飛ぶことになる。
完全に捕まることはない。いよいよ捕まって死ぬとなると、そこで目が覚める。逆に言うと、その夢の中ではずっと逃げ続けている。
夢はしばしば続いている。直接の続きではなくとも、またこれか、と思うことは多い。自覚夢であったことはまだない。

一度だけ、逃げ切れそうになったことがある。俺は、すんでのところで電車に飛び乗った。自動ドアが俺を助けてくれたが、魔王はすぐに列車の最後尾で実体化し、そこからゆっくりと車両をわたり歩いて俺を追ってくる。その姿は、俺以外の誰にも見えない。俺は前へ前へと逃げる。早く停車してくれないと、逃げ場がなくなる…(いま理解したが、ここのところは、2カメラのスイッチングで演出されていた。逃げる俺の視点と、車内を悠然と歩く魔王を、正面で捉えながら後退するレールワーク。夢もハリウッドじみている)
奇妙なことに、ここでとつぜん、俺は逃げていることを忘れたのだ。他の乗客のあいだに腰掛け、中吊り広告や車窓を眺め、電車の旅をたのしみはじめる。まるではじめから空いた座席を探していただけのように。俺の乗る電車は、中高生の頃、通学でつかっていた路線だ。習慣からか、通学時の乗り換え駅で、なんとなく降りた。うわ、懐かしいなー。見慣れたプラットフォーム。ここまで来たらもう大丈夫だろう、と思う。あれ?何が?…振り返ると、俺のすぐ後ろで魔王がみるみる実体化し始める。その日は、そこで目が覚めた。魔王から逃げるには、魔王を忘れると良いらしいのが分かったが、どうやって逃げながら忘れるのか?(こういう想定はどうだろう?…どの夢もつながっている。どの夢でも魔王はいる。魔王の出てこない夢は、俺が魔王を忘れ、逃げおおせている回なのだ。)

舞台は、たいてい実家の近所だ。ときに俺は、もはや逃げ切れぬと覚悟を決め、魔王と戦う決心をする。場所は子供の頃よく遊んだ、近所の山の打ち捨てられたような建設資材置場だ。そこより相応しい決戦の場所があるだろうか?俺には思いつかない。戦隊もので、怪人たちが毎週爆破されていた採石場とも、なんとなく似ているように思う。俺の想像力なんて、まったく陳腐なものだ。
俺はしばしば、魔王と戦うための武器を持っている。だいたい銃だ。俺は、その銃では魔王は倒せないことを必ず知っている。オモチャの光線銃みたいのを握りしめて、勝ち目のない最後の決戦へと向かうことになる。

その夢では、かなりの確率で同じ道を通る。暗い竹林のなかの峠道、切通しの石垣の上を俺は逃走する。
三十を過ぎてから、実家の近所を自転車で散策していて道に迷ったとき、俺は、偶然その道に出くわした。それは、子供会の行事などで数回行ったことのあるレクリエーション施設へと通じる道だった。俺はその施設への行き方をすっかり忘れていた。そう、これは確かに、他の子や妹たちと飯ごう炊さんに行った道。その帰り、俺は石垣の上を走ったのだ。そして、それは俺が三十年近く繰り返し魔王から逃げ走った峠道だった。夢みるたびに細部は変わっていたが、竹やぶから射す光の感じ、切通しのコンクリートの擁壁…俺は夢の中に迷いこんだような気分だった。怖くはなかった。ただ懐かしかった。繰り返された逃走と、決戦の峠に俺は帰ってきたのだ。