風邪と嘘

また風邪をひいた。また週末に。そういう呪いでもかけられてるんだろう。
業務対象にはいつでも風邪ひきが混じっているが、一冬に3度もひくことは今までなかった。少し驚いている。
昨晩、きょう顔を出すことになっていた寄り合いの欠席連絡を入れた。いつも通り初手で断っていれば、詫びなど入れなくて済んだのにと思ったが、よく考えてみればその場合でも申し訳なさそうにしているべきだし、場合によっては「仕事が…」とか「先約が…」とかの嘘をつくべきですらある。それは罪のない嘘ってやつだし、それができてこそ相手の気持ちを考えて行動できる子だが、そんなものが必要な関係は初めから不必要な気もする。これは考えるべきだ。
…昼間寝ていたから眠れない。

黄色いボート

湯に浸かるのは頭や身体に良いと信じている。頭の血の巡りを良くする。強ばった身体を弛める。湯をメロンソーダやその他の色にする粉があるとなお良い。あれは変な色や匂いがなんとなく面白いので、しばらくのあいだいろいろのことに直面せずに済む。

いっとき、入浴時には避けがたい退屈や後悔を紛らわせようとして、いつまでも読み切れないでいるドストエフスキーを読もうとした。あまりの鬱陶しさに湯に浸かる時間が短くなった。ああいうのは風邪で寝込むとか骨折でもしないと俺はもう読めない。

ボート型の温度計が欲しい子供のころ風呂場にあったやつ。繰り返し沈め、浮上させる。たいてい前に進み、ときおり前後する。

記念☆撮影

…はーい、みなさん!もっと寄って寄って!こいつとはくっつきたくないとか仰らず!
なにしろ我が国の断固たる決意と結束を示すんですからね!

あー、うしろの先生がた、発表用は日章旗、やめときましょうか。帯刀の先生方もいったん下ろして頂けますかー?武士の魂、御無理言いますー!すみませーん!…はい、抜き身の凛々しさはもちろん後ほど!こちらは国際プレス用ですのでいろいろと…そうですそうです、市民団体とかNYタイムズとか。

あっと、プレス用と聞いてお色直し中の先生方、もう十二分にお美しゅうございます!(おえっ。)美しき国に美しき政治家あり!テロリストどもの目も潰れんばかりでございましょう!もとい、眩まんばかりでございます!

はーい、よろしいですかー?
万歳はお控え下さいね!
それでは2回光りまーす!いつもの合言葉をご唱和願いまーす!

美しい…?」
「国!」パシャパシャッ


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片付け頭

まず区画ごとに物品をカテゴリー分けする(仮の容れ物があったら便利じゃないかな)。全区画が済んだら、それぞれを収納先に運び戻す。(そこに入りきらないからこうなってるんじゃないの?)いいから。その間に洗濯機を回し、順次ベランダに干し、いやまず寝具を干し、(こないだ買った来客用のはどうするの、どこにも入らないじゃないか!)…いやまず部屋干ししてるものをしまい(あ、あのDVD今日返却だ!ちゃんと気づいたよ!)うるさい!ゴミ袋はいったん台所に(さっきの仮の箱だけど、職場にたくさんあったバナナの段ボールがいいと思うな)うるさい!あ、この珈琲豆まだ味見してない。

という感じ、おれの掃除。

(もういいから始めよう)

始めよう。

(音楽スタート!)




ab coughsのご提案

また風邪をひく。なぜいつも休日になんだろう。気が抜けるとひくのだろうか。
まる2日寝込んで、さすがに風呂入ったら、咳のしすぎで腹筋が割れてきとる。
"たった2日で?信じられないわ!"
通販メーカー各位は商品化を検討されたい。

草食系どころか草そのものの男

食うために働くことも、そもそも食うことも面倒な男に天啓が下った。もう光合成でもするしかない

手加減のない荒行、人びとの好奇の視線、そして無視に耐え抜き、男はついにその能力を獲得した。見るがいい、彼の緑なす髪、青っぽい顔。彼の両足は大地に深く埋ずまっている。脛の毛がひげ根の役割を担うのだというが、それを聞くものはいない。

修業は長く苦しいものだった。まず土を食ったが、それは明らかに間違いだった。
二酸化炭素では肺を破った、で溺死しかかった。しかし成道のいま、それらは男の中で睦まじく手を取り合う。かつては肌を爛れさせた日差しが祝福していた。崩れかけの礼拝堂のような男の身体で、炭素と水素の婚礼が始まるのだ。

「…皆ひとこぞりて見るがいい。これこそが、かのパラケルススファウスト博士が追い求めた科学の結婚の実相である。それは陽が昇るたびに繰り返し繰り返され、絶えることがないであろう。そのたびに滋養にみちた甘露が導管だか師管だかを通ってわたしの身体を満たすであろう。それがどちらの管でも同じことである。わたしはもはや食うために働くことも、食うこともしないであろう。
レタスのような肌色に変わりながら理科が苦手だった男は言った。


ところで、光合成の秘法を会得した男も、ときには風邪くらいひいた。流行りのしつこい夏風邪だった。彼が吐き出したイソジンガーグル液は青紫に変色していた。それを見ていた暇な小学生が、男を自由研究の題材にした。

"地面に生えているおじさんのヨウ素でんぷん反応について"  と題された写真や図入りの手書きの模造紙は、市庁舎の"暮らしいきいき掲示板"に掲出され、やがて国の省庁に送られた。まずは教育学術関連の、そのあと農林水産物関連、それから1億を総活躍させるやつに。

ほどなく男は菊の紋のハッピを着た植木職人たちに足元の土ごと根鉢を巻かれ、目隠しをされ、ユニックで引っこ抜かれて2トントラックの荷台に載せられ、そのまま何処かへ運ばれていった。とかとかつく名前の研究機関だろうと人々は噂した。

ただラボと呼ばれる巨大で窓ひとつない白い建物の内部には、強力な日焼けサロンのライトが昼夜を問わず輝いていた。
そのなかで男は、簡単なアンケートに答える、様々な運動をしてみせる、暗い顔をした女性をあてがわれる…等々の"実験"に"喜んで協力"させられたのち、「栄養価も味も悪くはないが種無し。栽培困難。」と結論づけた農学者の助手達に食われてしまった。あてにしていた業績が不意になった腹いせである。前腕部のおひたしは酒といけると好評だったが、指先の虫喰いの部分はむしって棄てられた。哀れな不稔種の男がそれを知ることはなかった。はにかむ小学生が皆の前で表彰されてから3年後のことである。

時は過ぎ、かつては暇で見どころのあった小学生も忙しい普通の大人になった。
平凡だが幸福に年老いた彼の両親のリビングには、古ぼけた表彰状が記念写真とともに今も誇らしげに飾られている。
おしまい。

20歩の逸脱

いつもの出口から駅を出た。改札を出て真っ直ぐバスロータリーへ。これもいつも通り。雨は上がっていたが次のバスまで15分もあった。

いつもならそのままぼんやり突っ立っているのだが、寒くて仕方ないので引き返し、駅の別の出入り口になっている本屋へ入った。何年かぶりの店内は改装で小洒落たふうになっていたが、相変わらず買いたいものはなかった。俺は本屋に入るときは基本的に何かを買いたい気持ちでいる。しかし自己啓発本やビジネス書を買って読むくらいなら…してるほうがマシだ。…に当てはまる気の利いた単語が思いつかない。首を振りながら店を出た。そこで足が止まった。見たことのない景色だった。

いつもの出口からほんの20歩ほど左の位置に俺はいた。そこからの景色を俺は知らなかった。
毎日こっちを眺めてはいた。それこそもう何年も。乗るのもうんざりなバスをうんざり待ちながらいつも眺めていた場所に、気がつくと自分が突っ立っていた。舞台の描き割りだとか、よく知ってはいるが好きでもない絵のなかに入りこんだような、そんな妙な気分だった。
(それにしても、仕事から解放されても同じ道筋のみを歩くような無関心と倦怠が普段の俺を支配している。これは恐ろしいことではないか。)

何年か前に我が駅前広場は、駅が吐きだす客を大型の商業施設が囲い込むような格好に再開発された。反対から見たところで、広場じたいはのっぺりとして退屈なしろものだった。張りぼてじみた建物に囲まれて空が見えた。それもどんより曇っていた。