僕らはバスに乗った

 後ろの座席から眠ってる顔を見てた。また一緒に観光バスに乗るとは思わなんだ。別れた日も、僕らはバスに乗った。

隣に座りたいなと思ったら、目を開けた。ほんの少しだけ笑って、窓側の席に移った。間にさりげなく肘掛けを下ろすことを忘れなかったけれども。そう、それでいい。僕もそう思った。

「ありがとう」と僕。「やっとこんな風にバスに乗れたねー」と彼女。まったくだと思った。ふたりとも前を向いたまんまだった。あの時も、こんなふうだったら良かったのにね!

バスのいちばん前にはサップグリーンのストレッチャーがあった。その上には絡まったチューブの塊が置かれていた。これは重篤だと思った。見なよ、管だらけどころか管しかないぜ。バスはなかなか発車しない。


目を覚ましてから気がついた。その人と僕は最後、けっきょく会わずじまいだった。バスに乗ったことも、ついぞなかった。

 そのあといろんな人が出てきたが、親父が俺の手指の傷に絆創膏を貼ったこと以外はよく思い出せない。絆創膏はこないだドラッグストアでみかけた、最新式の指関節用のやつだった。