徴はいたるところに

俺は呪われている。呪いによって俺は死ぬだろう。呪いから逃れる術はない。呪いの届かない場所はない。その証拠には、呪いの徴(しるし)がいたるところにある。

灰皿のなかに転がる吸殻。コップにささる歯ブラシ。昨日脱いだままのズボン…かつてあったものが、いまも、あるべきところにあるようにあること。何の変哲もないそのことが、ある日を境に、呪いの徴として知覚される。呪いは俺を殺す。
徴は、呪いの力がそこにも届いていることを示す。いつから呪われていたのかはわからない。とにかく、ある朝めざめると同時に、俺はそのことを理解したのだ。

急がなくてはならない。呪いの本質を理解しなくてはならない。助かる可能性があるとしたら方法はそれしかない。俺はそこ此処に置かれている徴をたどる旅に出る。
ー助かる可能性はない。家を出るときにも玄関の靴は俺にそう告げている。脱ぎ散らかした時そのままの、左右の間隔と角度でもって。
ーーー
旅の途中、俺は男たちと合流した。それは、それぞれ人種の異なる外国人三人組だった。言葉はあまり通じないが、俺たちはたがいの気持ちが手に取るようわかった。彼らも俺と同じく呪われ、呪いの秘密を求めて旅をしてきたのだ。俺たちは同志だ。
彼らはみな、俺よりも先に探求を開始していた。俺たちの一致するところの認識はこうであった。呪いはいつ誰を殺すか分からない。こうして議論している間にも、俺たちのうちの誰かが死ぬかもしれない。俺たちには時間がない。…

徴をたどって俺たちは行った。徴を見つけるのに苦労はなかった。誰かが何かに目をつけるとする。確かめるまでもない、それは徴である。「ああ、こんなところにまで…!」俺たちが徴をひとつ見つけるたびに、呪いはどこかで誰かを殺した。
呪いの力の届いていない場所などなかった。もしくは、呪いが俺たちと同行していた。俺たちが呪いそのものだった。

謎を解くための旅は、しだいに絶望のそれへとかわっていった。徴はいくらでも見つかる。しかし、そのへんの物となんら変わりのないそれらは、呪いを解くための鍵などではなく、あくまで呪いの力と俺たちの死を保証するものとしてそこにある。謎は解けない、謎は見つからない。繰り返して言う、どこへ行っても普通の物しかない。それが呪いの徴なのだ。
絶望に頭を抱える仲間がいれば、俺たちは肩を叩き励ましあったが、希望は薄らぐばかりだった。
ーーー
大きな鉄筋の橋を渡った。欄干のボルトから滴る錆に呪いがみとめられた。 渡ったところで俺は、堤防の草むらにある赤ん坊ほどの大きさの石が気になった。嫌な感じがした。
仲間たちを呼び止め、剣先スコップを石のそばに差し込み、梃子の要領で石の片側を持ち上げた。石は見えている部分の半分も埋まっていなかった。仲間たちは僅かに浮いた石の底に手を掛けると、ゆっくりと石をひっくり返した。
石の裏側と、それが、埋まっていた穴が晒されると、仲間(白人)は「神よ…」と呟いた。それらの形状は寸分の違いもなく一致していた。
俺はその場にへなへなと座り込んだ。ああ、こんな石の裏側まで…
仲間(中東系)は空に向かって腕を広げ、怒りの言葉をぶちまけていた。仲間(黒人)は、俺の肩に手を置き、静かに首を振った。
俺はもう限界だった。この一致を見ろ、呪いから逃れるなんて不可能なんだ。俺たちは死ぬ。
どこか遠くで、また誰かが死んだのを感じた。涙がこぼれた。

ーーー

目覚めは最悪だった。悪夢の印象が鮮明に残っていた。俺はいつもするように、寝床のなかで夢の記憶を反芻した。
当時のアパートの寝床からは、洗面兼炊事用の流しが見えた。流しの上にはコップがあり、歯ブラシが刺さっていた。昨晩俺が放り込んだであろう位置と角度。俺は起き上がり、部屋を見回した。…すべては正しい位置にあった。徴はいたるところにあった。
その日も俺は、講義に出なかった。