虫の声

本をめくりながら、蝉とか草むらの虫が鳴いてるなあと思っていたが、よく考えたらいまは真冬だ。ちなみにうちは五階だ。
なにがそう聴こえるのか気になって、部屋をうろうろ。冷蔵庫とエアコンの駆動音の重なりからそんなふうに聴こえるようだった。

いったんはそれで安心したのだけれど、あんまりはっきり虫の音らしいのが聴こえるので今度は窓を開けて確かめた。僕には意外だったが、この寒さでも虫は鳴いていた。秋の賑やかさはないが、耳を澄ますと微かに聴こえてきた。こおろぎは冬を越すんだったか。うちのより元気がないなと思った。

外にも虫がいるらしいと確かめたものの、窓を締めたほうがはっきりそれらしいのが聴こえるものだから、窓を開けて聴いたのもこれではないかとか、最初からぜんぶお前の頭の中で鳴いてるだけではないかとか、エアコンを止めてベランダに出たらほとんど聴こえないし、だんだんわけがわからなくなってきている。

とりあえず蝉のほうは機械か僕の気のせいというのが今日の結論。こおろぎは明日の帰りに分かるだろう。

2018年のヴィクトリー・コーヒー

パンパカパーン!

「…発表!発表!! …偉大なる兄弟と党の指導、そして同志のたゆまぬ努力のもと品質が飛躍的に向上!それにともない実質的増産に成功!

…我らが潤沢省の〇〇同志は、本日の定例会見においてヴィクトリー・コーヒーの配給量を来月から90gに、サッカリンは子育て世帯を中心に…」

 

党幹部は"本物の"紅茶に、これまた本物の砂糖を入れて飲んでるらしいぜ?とか、この泥水みたいな合成コーヒーだって今月は95gだったのに…なんて誰も言わない。

 

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部屋の水道の保守点検に立ち会えないので、近くに住む親に頼んだ。近くに住むとはいえ、僕が帰るのは年に2〜3回だ。盆、正月と部屋のカギを無くした時とか。

 

部屋に帰ってみるとよくわからないインスタントコーヒーが置いてあった。有名なアレに似てるけどなんか違うやつ。手持ち無沙汰になると思って買ってきたがすぐ終わった、おまえで飲め、との由。飲んでみるとそれはひどい味で。

安い挽き豆とコーヒーメーカーくらいあると伝えれば良かった。

 

その頃はあまり飲まなかったけれど、実家でコーヒーといったら湯に溶く茶色い粉末のことだった。今日置いてあったのはそれのバッタもんだったけど、本家のは、もうちょっとマシな味であってほしい。

気がつけば食事に制限が多い親たちに何を持っていったものかよく迷っていた。次はコーヒー豆にする。

お正月 VS 2年前

割と嫌がってみせたのに、それでも友人が来るというので今日は主に家の掃除をしていました。気を使うような相手でもないけれど、うちは基本的に非人道的レベルで散らかっているのでこういうことはとても面倒です。この年末年始はそれをだいぶ整理した。ついでに今日は、夏だったかに二日酔いで転んで壊したままだった卓袱台の脚も修理しました。

木ネジの穴が馬鹿になった時は、まず元の穴より太いドリルで穴の形状を整えます。それから接着剤を流し込み、直径の合った丸棒を打ち込んで埋め木にする。出過ぎたぶんをあとから削るのは面倒なので、見えなくなる箇所なら埋め木は短かめが良いです。接着剤が固まったら、元の穴より細いドリルで下穴を開け直し、もげた部品にも接着剤を塗って、ネジでがっちり止めれば完了。我ながら悪くない出来で、この作業はそれなりに楽しかった。

それで、いまこの部屋の床には木片やドリルや刃が剥き出しのナイフが落ちている以外は何もありません。落ちているもののジャンルが揃っている。過去2年くらいでいちばん片付いていると言えます。

それでそれでどうなったかというと、結局のところそいつは来なかった。卓袱台が在りし日の姿に組み上がったところでメールがきました。来れない理由をなにやら言っていたけれど、僕からするとそんなのはどうでも良くって、正直なところ、とてもほっとしたのです。

テレビは置いてないし、オーディオは2年くらい前から壊れています。こたつやソファは目障りで2年くらい前に棄てました。(2年前になにかあったのかしら)

なんにせよ、どう見てもこの部屋には他人が寛げる要素がないのです。ここに誰かが来るとしたら"コンテンツ"(いやったらしい言葉です) は何の話柄も持たない僕しかない。これは双方ともに荷が重すぎるというものです。それに僕は、相手がどんなに親しい人であっても、誰かが家に来るとその痕跡が消えるまでなにかイライラしてしまって、落ち着いていられないのです。そういえば、最後の来客も2年くらい前だった気がします。

 

宇宙、日常、戦争

最寄りの駅にはツタヤがある。ここ数ヶ月、毎週同じ映画を借りては見ないまま返すことを繰り返している。見てもないのに延滞料を払うときの馬鹿馬鹿しさはなかなかのものだ。

こないだゴダールの『アルファヴィル』をレンタルすること7回目くらいで見た。良い映画だった。見られて良かった。本当に良かった。

今は『インターステラー』と『宇宙戦争』の古いやつを繰り返し5回ほど借りていて、前者は未見、後者が中盤で止まっている。中盤の最初らへんというのは覚えているが、さてどういう筋だったか。なにしろアメリカ人と宇宙人が交戦中なんだ。

今日も借りなきゃと思ったのだが、ここにきてどうせ見ないと予知してしまった。すまないアメリカ人、俺が見るまで負けるな。

なにしろ今日は寒かった。

酒が無かったな、と買って帰った。

部屋の明かりをつけたら昨日買った同じボトルがあった。ヤッタネ。

眠りにつくまで

近頃は酔うまで飲めない。翌朝残る。

枕のカバーを取り替え、耳栓を押しこむ。アイマスクもおでこに控えてる。

床に就いてから布団乾燥機のスイッチを入れる。足元にノズルが刺さってる。膨らむ袋みたいなやつは外してある。こいつの「コー」って音は落ち着く。耳栓をしていてもよく聞こえるから意外と大きな音なのだろう。すぐ暑くなって消す。

灯りを消しても、目を閉じても、アイマスクをしても眩しい。耳鳴りが、心音が、内声がうるさい。

観念して起き上がり、暗がりのなかでもう一杯飲む。

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夕刻

夕刻、スーパーの前のテラス。焙煎機を世話してるいつものコーヒー売りのおばさん。オレンジ色の浮いたバンダナ、白い猫の描かれた黒いエプロン。こういう業態もやるコーヒー豆屋のパートさんだろうか。時間的に、きょう最後の焙煎だろうなと思いながら、少し離れた喫煙スペースで僕は煙草を吸っていた。

「姉さん、もうそんなんせんでええやろ」

「せやで、売れ残るだけやで」
と、テラスのテーブルでビールを飲んでる爺さん達が言った。

「わかってるわ、決まりやねんからしゃあないやん」

おばさんも親しげに返していた。いつもの会話という雰囲気だった。

ここで目が覚めた。

経営者が変わったあのスーパーの前に今はテラスはない。いつも鯛焼き屋とか包丁研ぎとか、よくわからない雑貨屋とかが来ていた。

気にも止めたことはなかったが、コーヒー豆屋の記憶はない。焙煎機も、エプロンも、テーブルも、爺さん達も。

暗い部屋で胡座をかいて

コーヒーを啜りながら、向かっていた机の方を眺めた。引きっぱなしの椅子に浅く腰掛けて、机にもたれるように肘ついて仕事してる男の姿が思い浮かんだ。
着ているものは僕と同じだが、僕より体格が良い。

戻るのが億劫だ。

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