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常同的反復性志向者の自炊における献立の互換性について

⚫︎はじめに
筆者(以下、俺)は日記を書いたり書かなかったりするが、たいした理由はない。継続は力なり、俺は非力なり。
何事につけ三日坊主の俺も、毎日同じことを繰り返すのが好きというか落ち着く分野があって、とりあえず服と食事は迷わずそうと言える。例えば黒いポロシャツが気にいる、3枚くらいそれを買って毎日着る。履き心地の気に入ったズボンが2本買えないと、お気に入りの1本を夜洗ってでも毎日のように穿く。お気に入りの靴は1シーズンでボロボロになる。好きだからこそ訪れる早い別れは、対象が物であれ人であれ、そうしちまう奴の人格形成の遅れを示していると遠い目で言わざるを得ない。

ここからは俺の食事について書く。以前も書いたが、ほんのちょっと変わったのでまた書く。


⚫︎材料の調達・保存
豚肉、卵、キャベツ、小松菜、ピーマン。
最近は、これらが基本食材として冷蔵庫に常備されている。買ってきた発泡トレイ入りの肉は、ラップの一辺だけ切って、そこから菜箸をつっこんでトレイ上で雑に小分けして冷凍する。使うときはトレイごと包丁で切ってそのまま解凍する。ラップはいちいちかけ直さない。冷凍庫の中で数日間ラップの口が空いてても何の問題もない。

さっき、材料について「常備している」ではなく「常備されている」と書いたのは、それが今ではほとんど自動化されたルーチンだからだ。ただし自動化が雑なので、まだあるものをよくダブって買ってくる。
知り合いのお祖母さんが呆けたとき、なぜか豆腐と餃子ばかり毎日買ってきて、様子を見に行った家族が冷蔵庫を開けたら豆腐と餃子で一杯だった、という話を聞いた事がある。俺はこの手の話が好きだ。彼女のジョブメモリが健常であった日に、よほど豆腐と餃子が必要なことがあったのではないだろうか。久しぶりに来る孫の好物が豆腐と餃子だったとか。
一人暮らしの冷蔵庫に19個もの卵が並んだときは俺も似たようなものだと思ったが、小松菜が2パック半の時もあるし、俺の方が栄養バランスは良いし、豆腐と餃子よりは呆けても長生きすると思う。もう呆けてるかもしれないとも思う。

⚫︎食べ方
2種類もある。かお好み焼きです。
去年は夏でも水炊きばかりだったから、この1年で2倍のバリエーション増加だ。

⚫︎使用単位量(一食につき)
肉50グラム
卵1個
キャベツ1/6玉
小松菜1〜2把
ピーマン1個
季節や値段によりキャベツがネギ+白菜や玉葱1個になったり、気分によって色の濃い野菜やキノコが加わる。

⚫︎使用法
鍋の場合
肉を2単位使うか、肉1単位に加えて卵をおたまの中でポーチドエッグみたいにする。
炭水化物は、あればうどん1玉。なければすいとん、小麦粉1カップくらい。
タレはあればポン酢、なければ酢醤油。タバスコとかオリーブオイル入れたり、わりと無茶苦茶する。オリーブオイルを使うと、鍋というかホットサラダって感じの食味です。

お好み焼きの場合
卵1個とそれと同量くらいの水か牛乳、小麦粉2/3カップくらいを使う。テフロン的なフライパンだと油はいらない。
しばらく繰り返すうちに見つけた自分好みのお好み焼きはタネが少なく野菜の蒸し焼きに近い。お好み焼きのイメージに反してカロリーは足りないくらいだと思う。マヨネーズはそれを補うつもりで結構平気で使う。ソースはオタフクだが、醤油でもなんでもいい。

⚫︎結論
鍋とお好み焼きは高度の互換性を備えている。
材料はまったく同じで、今日はどっちにしようかな、という興奮がある。逡巡とどうでも良さが味わえる。
お好み焼きをピーマンや玉葱で作ったり、キャベツを茹でて水炊きと呼ぶのに抵抗がなければの話だが、やってみれば存外普通だし、栄養バランスもいいと思うし、頭のおかしい奴は(べつにそうでなくても)、どんどんやったらいいと思う。

⚫︎所感と今後
なにかを列挙や記述するのは楽しい作業だが、レポート調で書くと結論部分で無理やりでも前向きみたくなるのは、俺が受けてきた教育について何事かを示しているようにも思われる。
同時に、俺はずっと同じものを着て、同じものを食べて満足してるような人間であって、ズボンも話し柄も今後増える見込みは薄いとも予見された。とりあえず今晩はどっちを食うのか。まずはそこから片付けていきたい。