臭いと分別

部屋のどこからか嫌な臭いがした気がして、あちこち嗅ぎ回る。臭うものはない。ものでないなら自分かと、自分の身体じゅうを確かめる。件の臭いはしない。気のせいかと思うとまた臭った気がする。あちこち探し回る。部屋に臭うようなものはない。
ほんとうは俺が臭いのに、その臭いに嗅覚が麻痺しているのではないかという考えが頭をよぎる。自分の臭いはわからないと言うではないか。
嫌な臭いがしたことは疑いえない。部屋に原因は見つからない。おかしいのが俺の鼻なり頭なりなのだとして、ありもしない臭いを知覚するよりは、絶えず晒されている臭いへの感覚が鈍磨しているほうがよほどありそうに思える。それが何かの拍子に少しだけ戻って、それは嫌な臭いだった。
部屋の臭いも慣れっこになるだろうが、曝露時間によって感覚の鈍磨が起こるならば、俺は俺の部屋よりも俺自身に晒されているわけだし、部屋の臭いよりも自分の臭いのほうががわからない可能性が高い。
やはり、俺はじつは嫌な臭いがしていて、その臭いがわからないのではないか。一人きりのこの部屋で、この疑念を解く術はない。
仮に他人に訊いてみるとする。「俺って臭くない?」…こんな質問をする相手は、他人のなかでも最上級に親しい他人であろう。「うん、臭い」と言われても「まじかー。やっぱ臭いかー」と言えるような。
そいつが「そんなことないさ、気にしすぎだよ」と返したとして、最上級に親しい他人というのは俺に優しいに決まっているので俺に気を使っている可能性がある。よって俺が臭いことへの疑念は解けない。
もし最上級に親しい他人が俺の臭さを認めたなら、俺は臭いという動かし難い事実が生じる。疑念は解決をみるが、問題の臭いがわかるようになるわけではない。