ウヰスキー幻想


甲「ねえきみ。世に言う"趣味の洗練"ってやつは、その趣味が分不相応の場合、不平の元でしかない。下手に良いものを知ると、安物のアラが目立って耐えられなくなるからね。そう考えると趣味の粗野さというのは、貧する者にとっては、生き抜く為の、ある種の耐性ではないだろうか。」


乙「何を言うのかと思えば。そのような思考こそルサンチマンじゃないか。良き趣味に要求される対価は正当なものだ。なぜそれを悠々支払えるだけの者になろうとしない。そうなってこそ、ひとかどの者と知るべきだ。」


甲「…そうは言うが例えばだよ、きみ。もしも誰かがその…そうなるにはすでに遅かったとして、それが例えば君だったとして、君は…?」


乙「何が言いたいのか分からないな。私は最初から支払える。」


暫しの沈黙ののち、甲おもむろに

「だったら、これがその支払いだ!」

(乙の腹を深々と刺す)

乙、崩れるようにして倒れる


乙「これはひどい。…君が私を刺して…ごほっ。それが私の支払いとは…筋が悪い。その上ありきたりで…」


甲「俺は、俺は…」

乙「…洗練からは程遠い」

乙、絶命。甲の手には濡れた匕首。


甲「俺は『例えば』って言っただろう!それをお前は、お前は…!」


甲の眼からは大粒のバーボンが、乙の胸からは輝くシングルモルトが流れ落ちたが、後者の量は同じ値段で前者の半分。それだけの話。