雨の宇治川

雨続きで、洗濯ものが溜まって困る。
今日は仕事を早く終えた。その時点では晴れ間が見えた。耐え難い眠気に打ち勝って、いつもの宇治川へ足を運んだ。おれは夜は寝られないくせに、日のあるうちはずっと眠い。平常業務は立ち仕事だが肉体労働ではない。しかし午後には決まって、殆んど痛みと言って良いほどの身体のだるさを感じる。世の大半を占める、俺よりも勤勉な人びと(老人から子どもまで、ほとんどすべての人間が該当する)も、こんなに疲れてもなお働いているのだろうか?だとしたら、まったく尊敬するか呆れざるを得ない。

俺が、俺の唯一無二の疲労感にもめげず川へ行ったのは、暑さと虫のせいで遠のいていた野外スケッチを早く再開したいからだ。それは、おれがいちばん一人になりきれる時間だ。俺は、六年?七年?同じところに勤めている。同じ道で同じ職場に通うのにうんざりしたときに、俺は川へ行く。最近はずっとうんざりしてるので、隙あらば川へ行く。そろそろ他の場所を探したいが、なかなか思うには任せない。

川に着くなり、空は合図の雷を鳴らし、雨粒をばらまきだした。すぐ近くに青空がみえたので、しばらく景色を眺めて様子見をした。開け放たれた水門から支流が合流するところに白鷺と鵜が一羽ずついた。魚が集まるのだろうか。鵜は、忙しなく潜水を繰り返していた。一度潜ると結構長く潜っており、増水した川によく持っていかれないものだと感心した。流れが早いのは水面辺りだけなのだろうか、しばしば潜ったところよりも川上でも顔を出す。息継ぎは短い。いっぽう白鷺は遠くから滑空してきて、優雅に川の中に降り立った。濁った水面の下に、足の届く場所をどのように見つけるのだろう。自分のテリトリーを知悉してるのだろうか?ともあれ、その大きな白い鳥は、増水でカーキ色に濁った川に足を刺したっきり、ただ突っ立っていた。あいつらはいつも突っ立っている。たいてい水面を覗いてすらいない。やる気や思考が感じられない。大変よろしい。

 この春にスケッチした対岸の木々が、枝を伸ばし葉を茂らせていた。木々は毎年大きくなっているが、川面すれすれのやつは、ときどき流れによって倒される。種類はセンダンとサワグルミ?の類が多いように見える。都市部で暮していると、人の手の入っていない木々を眺められる景色は、あまりに限られている。山に入ると幹しか見えないし、山のそばまで家が建ち並んでいる。

雨のなか突っ立ってるのは気分爽快だったが、気がつくとずいぶん濡れていたので、稲光を五回ほど数えたところで来た道を引き返した。釣竿を持ったスーツ姿の男とすれちがった。ちらと見あい、目をそらす。平日の午後に川なんかに来てるんだ、お互いまともな訳はない。駅に着く頃には土砂降りになっていた。

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