食物のこと

暖かい季節は、毎日鍋というわけにも行かないので自炊が面倒になる。春はたいていパスタを食い続ける。菜の花やら春タマネギやら色々うまいからな。

これから夏に向けてが自炊生活の難所だが、このところは「肉野菜炒め」で安定している。これは画期的事象である。
「肉野菜炒め」の素晴らしい事は夕飯時にたくさん作っておけば、…信じられないかもしれないが、聞いてくれ。「肉野菜炒め」は弁当になる。俺が、弁当持って仕事に行く日が来たんだ。神の御名こそ讃えよ、だ。

…平日の職場は、もうかれこれ七年務めているが、職場の雰囲気が好かず、腹が減ってても何も食う気が起きなくて、昼飯を食えるようになるのに三年かかった。つまり、三年昼飯をぬいていた。それ位、落ち着かないんだ。
その事を思うと、タッパに無造作に詰め込んだ米と炒め物をあの空間で食えるまでになったのは、俺としては驚くべき順応ぶりだし、財布にも健康にも、俺んちの近所のやる気のないスーパーにも優しいってもんだ。

その画期的事象であるところの「肉野菜炒め」だが、味付けは酒と醤油でしている。

俺は十八の頃、ラーメン屋でバイトを、主に炒め物係をしたことがある。自分の賄いは、練習も兼ねていつも野菜炒めをくる日もくる日も自分で作って食っていて、(俺は、なんでもできるだけ繰り返すのが好きだ)無口な俺のあだ名は「野菜炒め君」だった。そのバイト始めて一週間で、油っこい物が食いたくなくなって他に途はなかった。背脂たっぷりのラーメンに唐揚げなんて、毎日食えねえ。
…逆に同じバイトの賄いでも、いつも皿に山盛りの唐揚げ"のみ"食べる女子高生なんかもいて、世の中バランスが取れているなと思ったものだった。かわいらしい彼女は「唐揚げさん」とは呼ばれなかったが。
店長以外は全員バイトのその店で、大学生のベテランはどいつも太っていたし、何より、時給が上がるにはいちいち勤務外で本店だか本社だかに試験を受けに行かねばならないというクソみたいなシステムであることが分かり、その店のバイトは試用期間のひと月でやめた。

そこでの経験が料理の事始めだった俺の世界では、炒め物には中華味の素的なやつ(ウェイパーとか鶏ガラとか)が"絶対に"必要だということとなっていた。大阪京都育ちの俺が、子供の頃から反吐が出るほど嫌いなやしきたかじんが全国ネットの番組で料理をするのに、スタッフに注文していた"味の素"がスタジオに無くって、生放送の最中にブチ切れて暴れて以来、関西ローカルタレントに落ちたというのも仕方のない話だと思っていたくらいだ。

ところが今年の連休の頃、もはや鍋も暑くて食いたくないと思い、なんとなくパスタ用のニンニク、いつ買ったのか思い出せない料理酒、まったくと言って良いくらい使わないので、最小の瓶で買うようになっていた醤油でいつも食ってる鍋の材料を炒めてみたら、
…なんでこんな話をしてんだっけ?

…まあ、それがな、美味かったんだよ、兄弟。炒め物には酒と醤油だ。キャベツでも小松菜でもタマネギでもなんでもだ。話はそれだけだし、俺は少し神様にお祈りしてくる。